白河鯉洋立花宗茂』

  

 武士道 少年史伝 第五編 明治35年(1902年)刊    挿絵 飯沼珠城 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真左:岩屋城の高橋紹運の墓(大正5年)、写真右:大友宗麟(右)と吉弘統幸(紹運の甥、宗茂の従兄弟)

 

 

 

 註1:左頁9行目「女童ども皆刺殺して敵の手に(な)懸けぞ」とありますが、この本の出典と見られる名将言行録「高橋鎮種(紹運)」にその文章はありません。もともと紹運は岩屋城籠城にあたって、妻子を宝満山城に避難させていることから上記文章は作者の創作と思われます。

 

 註2:右頁1行目「女童ども皆刺殺して敵の手にな懸けぞ」については、註1と同じで、作者の創作でしょう。右頁6行目からの結婚の逸話は、一時女色に溺れた大友宗麟に戸次道雪が諫言したことと対照的ですね。

 

 



 

  写真左:瀬田の唐橋の浮世絵 写真右:瀬田の唐橋の大正~昭和初期の彩色写真